赤瓦の天守閣が美しい鶴ヶ城と、白虎隊少年兵十九士の墓

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会津若松の史跡巡りの続きです。
市内周遊バス「ハイカラさん」に乗って、七日町という最近人気の
レトロな街並みのエリアを歩き、鶴ヶ城に到着。

赤瓦の天守閣が美しい鶴ヶ城と、白虎隊少年兵十九士の墓

赤瓦の天守閣が美しい鶴ヶ城と、白虎隊少年兵十九士の墓

東北屈指の名城というだけに、お堀もみごとです。
もう少し早かったら、桜がきれいだったことでしょう。

赤瓦の天守閣が美しい鶴ヶ城と、白虎隊少年兵十九士の墓

売店で、真っ黒なソフトを買っている人を見かけたので、
「私にもアレと同じものを下さい!」

と、正体もわからないのに、飛びつくように買ったのがこちら。
竹炭ソフトだそうです。不気味です。ガーン

パクッと食べたら、甘さの中にもかすかに竹炭の味が・・・
するわけありませんパー普通のバニラでした(笑)

赤瓦の天守閣が美しい鶴ヶ城と、白虎隊少年兵十九士の墓

かなり歩いて、ようやく到着。
正式名称は会津若松城ですが、地元では鶴ヶ城と呼ばれています。

築城は1384年。伊達政宗、蒲生氏郷などの領主が治めた
望楼七重の美しいお城です。

現在のお城は昭和42年に再建されたものですが、戊辰戦争の際は、
1か月もの籠城に耐え、最後まで城を落とさなかったので、難攻不落
とたたえられています。

NHKドラマ「八重の桜」での攻防戦を思い出しますね。

赤瓦の天守閣が美しい鶴ヶ城と、白虎隊少年兵十九士の墓

敷地内は公園として整備され、市民の憩いと場所となっています。

赤瓦の天守閣が美しい鶴ヶ城と、白虎隊少年兵十九士の墓

「荒城の月」の歌碑があり、そのモデルとなった城だと言われていますが、
作詞した土井晩翠が仙台出身だったことから、いや、青葉城だ、
という説もあり、真偽のほどは確かではありません。


赤瓦の天守閣が美しい鶴ヶ城と、白虎隊少年兵十九士の墓

鶴ヶ城を後にしてまたハイカラさんに乗り、次に降りたのは9つ目の
「会津武家屋敷前」

12時を過ぎお腹が空いたので蕎麦でも食べようか、と辺りを見回すと
バス停の反対側に「会津料理 鶴井筒」の看板が見えました。
武家屋敷の隣だったので、行ってみると・・・

赤瓦の天守閣が美しい鶴ヶ城と、白虎隊少年兵十九士の墓

ビビってしまうくらい見事な古民家が!
明治30年代に建てられた、大地主の豪邸を移築復元した店だとか。

でも、右の方に「ネパール博物館」の看板も出ているので???
と思いながら入ってみると、

赤瓦の天守閣が美しい鶴ヶ城と、白虎隊少年兵十九士の墓

当時のものらしき古びた墨絵の襖を開けると、間仕切りを取り払った
大広間になっていて、オーナーが集めた絵がズラリと飾られています。

赤瓦の天守閣が美しい鶴ヶ城と、白虎隊少年兵十九士の墓

私の頼んだのは「春祭り」と言うセット。1,620円
棒たら、鰊の山椒漬け、田楽、山菜蕎麦、お餅、漬物が付いています。

つなぎの少ない、美味しいお蕎麦でした。
器がまた素敵で、会津の焼き物でしょうか。色がとてもきれいです。

赤瓦の天守閣が美しい鶴ヶ城と、白虎隊少年兵十九士の墓

並の古民家ではありません。囲炉裏が3つもあり、手前の上段は
家長の囲炉裏、その向こうの一段下は家族用、土間の向こうは
使用人用、と別れているし、階段も3か所あります。

左隅の帳場にちょこんと座ったおばあちゃんもただ者ならぬ雰囲気。
「上がネパール博物館になっているから見ていって下さい。」
と言うので、急な階段を恐る恐る上りました。

2階と屋根裏には、オーナーが蒐集したと言うネパール、チベット、
インドの仏像や美術品が展示され、エキゾチックな雰囲気です。
ここで食事をすれば無料で見学できるので、ちょっと得した気分。

赤瓦の天守閣が美しい鶴ヶ城と、白虎隊少年兵十九士の墓

赤瓦の天守閣が美しい鶴ヶ城と、白虎隊少年兵十九士の墓

ネパールの仏像を堪能したあとは武家屋敷へ。
ここでのメインは会津藩松平家の家老、西郷家の壮大なお屋敷。
建物面積280坪、38の部屋を持つ屋敷の周りをぐるっと回ります。

表玄関、御成りの間、槍の間、客待ちの間、など各部屋には名札が
掲げられ、リアルな人形と生活調度品から当時の生活様式を伺う
ことができて、かなり楽しめました。

場内には「くらし歴史館」や「資料館」、「体験館」など見所がたくさん
ありましたが、その後どうしても行きたい所があったので再び
ハイカラさんに乗り、先を急ぎました。

赤瓦の天守閣が美しい鶴ヶ城と、白虎隊少年兵十九士の墓

次に降りたのはここ「飯盛山」
戊辰戦争時、白虎隊の少年兵が自刃した地として知られています。
が、想定外の長い階段に思わず絶句・・・。

一瞬、諦めようかと思いましたが、ふと目を右にやると・・・

赤瓦の天守閣が美しい鶴ヶ城と、白虎隊少年兵十九士の墓

何と、「動く坂道」という、スロープコンベアがあるじゃないですか!
迷わず乗りましたよ。料金250円なり。

赤瓦の天守閣が美しい鶴ヶ城と、白虎隊少年兵十九士の墓

山頂には16~17歳で自刃した19名の兵士達のお墓が並んでいます。

赤瓦の天守閣が美しい鶴ヶ城と、白虎隊少年兵十九士の墓

山頂から階段を少し下ると、少年兵達が自刃した場所があります。
左奥の人が集まっている場所がそうです。

赤瓦の天守閣が美しい鶴ヶ城と、白虎隊少年兵十九士の墓

赤瓦の天守閣が美しい鶴ヶ城と、白虎隊少年兵十九士の墓

少年像の前に立つと、眼下に会津市内が一望の元に見下ろせます。
明治元年、飯盛山へ落ち延びた少年兵達は、ここから眺めた市中の
火災を鶴ヶ城陥落と間違え、自らの命を絶っていきました。

戦いに勝利した政府軍は、遺体をそのまま放置しておくよう命じ、
哀れ少年たちの遺体は風雨に晒され動物に食べられ、酷い状態
だったという悲しい話が残っています。

非業の最後を遂げた白虎隊に心を残しながらも、回り道をして
緩やかな方の階段を下りたら、奇妙な建物に出会いました。

赤瓦の天守閣が美しい鶴ヶ城と、白虎隊少年兵十九士の墓

ガイドブックによると「さざえ堂」という観音堂で、さざえの形に
似ていることからその名があるそうです。

階段のない螺旋階段で上り下りができ、上りの人と下りの人が一度も
すれ違うことなく一方通行で巡れる、世界にも例のない建築で、国の
重要化財として指定されています。

珍しいので私は入る気マンマンだったのですが、疲れ切った夫の
拒絶にあい、泣く泣く断念しました。

飯盛山には他にも歴史的な史跡や「八重の桜」のロケ地など
面白そうな所がたくさんありますので、もっと居たかったのですが
次の目的地に行く列車の本数が少ないので、一旦駅に戻りました。

次に行こうと決めたのは、裏磐梯。お昼を食べながら、
「ここまで来たからには、やっぱ猪苗代湖は見なくちゃね。」
と言うことで、またまた猪苗代湖近くのホテルを検索。

ガイドブックの「五色沼」という言葉に惹かれ、その近くのホテルを
探したら、ラッキーなことにすぐに空室が見つかりました。
裏磐梯の話はまた明日。



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この記事へのコメント
こんにちは('・c_,・` )
会津若松って見所がいっぱいなんですね。
Posted by yoshiyoshi at 2016年05月10日 13:51
☆ yoshiさま

そうなんです!ガイドブックにある以上に見どころいっぱいで
丸一日あっても回りきれないほどです。
郷土料理も美味しいし、旅行にオススメですよ(^^)/
Posted by しえる しえる  at 2016年05月10日 16:24
 
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